知恩
この私が生きている原因を しっかりと見つめれば
たくさんの恩を 受けてきたと気づかされる
「恩」とは、その字が示すように自分が今、ここにある「原因」を「心」の上にちゃんと載せた時に、初めて知ることができるものです。この私は、その恩に報いるような「報恩」の生き方をしているでしょうか?
手を合わせ、自分を見つめ「恩をいただいた方々」にナムアミダブツとお称えし、感謝の心を捧げましょう。合掌
人生は道場
思ったように なる人などなく
生きてきた積み重ねが 結果として表れる
人生は、思うようにはならないものです。
誰もみな、思ったように、希望するようにはなかなかならないのです。
そのことを、お釈迦さまは、思うようにならない、苦しみに耐えなければならない世界を「娑婆」(忍土を意味するインドの言葉)と表現されました。
そして「善きこと(善行)」を積み重ねられればいいけれど、つい「悪いこと(悪行)」だって積み重ねてしまう、人間の行いを「業(ごう)」と表現したのです。その業が積み重ねられ表出するのが、私たちの人生です。だからこそ「悪いことはしてはダメ、善い行いを積み重ねて」という人生の大きな原則をお釈迦様自身も説かれています。まさに人生というのは、修行の場「道場」だといえるのです。
この大原則を知れば、自ずと私たちの毎日の生活は、心を込めて、丹念に生きていきたいと願えるのではないでしょうか。健やかにと祈ります。合掌
今日の雨が 穀物を 育むように
悲しみの涙が 幸せの種を 運んでくれる
雨の多い日には歩きにくいし、鬱陶しい思いになる人は多いものです。
しかしこの雨こそが、大地や自然に水を与え、多くの穀物を育てる大切な栄養になるものです。これと同じように、私たちが生きる時、目の前に悲しみや思い通りにならないことに出会うと、悲しみの涙を流しますが、この悲しみの涙こそが、幸せの大切な種となっていくものなのです。悲しみは幸せにつながる種だと、忘れないように生きたいものです。